【話すは放す】聞くには人を変える力がある

「話すのが苦手なんです。」
「人前で、うまく話せるようになりたいです。」
「どうやったら、相手に伝わるんですか?」
など、話し方が上手になりたいという相談をよく受けます。
実際、私も経営者や講師の方のスピーチや話し方のトレーニングを行っています。

けれど、人の話の聞き方が上手くなりたいと言って相談してこられる人は、ほとんどいません。皆無と言ってもいいかもしれません。
ということは、多くの人は、「自分の話を聞いてもらいたい」「自分のことを理解して欲しい」と思っているという裏返しなのだろうと思います。



私は企業研修に携わって10年近く経ちますが、4〜5年ほど前から、管理職の方を対象にした「聞き方」についての研修を行うことが増えました。ある大手通信会社様では、受講された80名近い方々が全員、活用度100パーセントとお答えになりました。この結果に、私はとても驚きましたが、それ以上に、受講を依頼された会社のご担当者様が驚かれていました。ありがたいことに、今年もご依頼を受けています。


どんな研修をしたか・・・


その話をする前に、「聞く」ことがどれどほど大きな力があり、相手に大きな影響を与えるのか?を、お伝えしたいと思います。それは、私自身の経験に基づいたことです。
私自身が、人の話を本当の意味で聴けるようになったのは、30代半ばを過ぎてからです。それまでは、人の話を聞いていたとしても、根底には「自分が正しい」という考えが、べったりと心に張り付いていたので、人の話を聞いているようで、実は聞いていなかったと、今は思います。

けれど、そんな私が変わったのは、実際に自分が話を聞いてもらって、たくさんの気づきと勇気づけをもらい、人にどう話を聞いてもらえれば前に進めるかを分かったからです。人に話を聞いてもらえるということは、どれほど人を変えることができることかを身をもって知りました。その経験から、カウンセリングやコーチング、心理学や脳科学を学び、今に至ります。

私は、20代前半の過度なダイエットが引き金になり、摂食障害に陥りました。今から二十数年前の当時は、今ほど、摂食障害という言葉は一般的ではありませんでした。カウンセリングも気軽に受けられるような状況でもありませんでした。なので、どう対処して良いのかもわからず、誰にも相談できずにいました。
それでも自分なりに色々と調べていると「摂食障害」というものがあることを知りました。それは、精神的なことが深く関わっているということもあり、調べた資料をみる限り、受診をするなら精神科ということだったので、恐る恐る大学病院の精神科を受診しました。

精神科という響き。
当時、20代前半の私には、とても重たいものでした。それでもなんとかしたいと思って行ったのですが・・・そこで初めてお会いしたお医者様から、子どもの頃からの親との関係などを根掘り葉掘り聞かれたことを、今でも覚えています。私は、その時、担当のお医者様に心を開けませんでした。話を聞いてくれているというより、尋問されているという感覚に陥ったのだと思います。その後は一度も行くことはなく、そのままの状態が数年続きました。


そして数年後に出会った、民間のカウンセラーの先生のおかげで、私を少しずつ変わることができました。無理に話を聞き出そうとはしませんでしたし、言いたくないことは一切言わなくて良く、私が話すことを全て受け入れてくれ、前に進むために決めたことも優しく背中を押してくれました。私自身が考え、気づき、行動を選ぶという感覚を、私自身が持てる導きでした。

話を聞いてもらっていて「自分で選んだ」という感覚は、とても重要です。相手に誘導されたや、相手の言葉に影響されて決めたという感覚が心のどこかに残っていると、うまくいかなかった時は、どうしても相手の責任にしがちです。そうではなく、「自分が選んだ」という感覚を持つことで、行動に責任を持てるようになります。それでも私の摂食障害が治るまでは12〜13年ほどかかりましたが、その先生は焦ることなく、ずっと私に寄り添ってくれていました。


研修でもお伝えするのですが、「聞く」を漢字にすると「聞く」「聴く」「訊く」という3つがあります。通常は「聞く」の漢字表記で良いのですが、聞くを深めて考えてもらいために、あえてお伝えしています。「聴く」は耳を傾けて集中して聞くという意味。「訊く」は常用漢字には含まれていないのですが、尋ねて答えを求めるという意味があります。
もちろん「訊く」も大切なことなんですが、まずは「聴く」ことが、相手との信頼関係を築くためにとても必要なことです。けれど、この「聴く」はなかなか奥が深く、私もまだまだ至らないことが多々あります。


私が最初に行った大学病院の精神科は、訊かれることが中心で「聴いてもらっている」という感覚になれなかったのだと思います。もちろん、お医者様との相性もありますし、当時の私の心には大きな壁があり、お医者様に心を開くどころか、頑なに閉じていたのでしょう。

訊くよりも聴くを感じられると、人は心に余裕ができるのだと思います。例えば、溢れかえってしまっているゴミ箱にゴミを入れようとしても、ゴミはこぼれてしまいます。新しい洋服を買ってきても、クローゼットがいっぱいだと新しい洋服を入れることができません。
それと同じで、私たちの心の中も、それまで溢れるほどに溜まっていた考えや気持ちが、そのままの状態であれば、周囲の声は聞こえないのだと思います。自分の中にある溢れるほどの考えや気持ちを誰かに話すことによって隙間が生まれ、他の人の話を聞いたり、客観的な視点を持てる状態になって行くのではないでしょうか。


「話すは放す」とも言われます。

話し上手になることも、とても大切なことです。けれど、それと同じくらい、いえ、それ以上に聞き上手になることは大切だと思います。

今、企業では「心理的安全性」が求められています。心理的安全性が生産性をあげると言われていますが、心理的安全性をつくるには、そのチームの誰もが安心して意見を述べられる環境づくりが必要です。どんな意見であっても、それを自由に話せるチームづくりが欠かせません。そのためには、「聞く」ことこそ、必要なスキルではないかと思います。そのほかにも、ハラスメントの予防やメンタルケア、人材育成などにも「聞くスキル」は関わっています。
特に、組織の管理職やリーダーの方には、今後、さらに求められるスキルだと思います。


余談ですが・・・
人は自分の話をしている時に、脳から快楽物質であるドーパミンが出るんだそうです。それほど、人は、自分の話をするということが好きなんですね。話し出したら止まらなくなる人も少なくないですし、自分ではそんなに話していないと思っていても、意外に長い時間話してしまったなんてこともあります。
ついつい話してしまう長話は、ご注意くださいね。

三島澄恵
ユナイテッドウェーブス合同会社代表。 
元NHK-FMラジオパーソナリティでTVのナレーター・リポーターなどを経て、学校教育にも関る。
これまでインタビューした著名人は2000人を超える。 その経験や知識をブログに綴っています。
詳しいプロフィールは下記まで。
https://united-waves.jp

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