こんにちは。
フリーアナウンサーの三島澄恵です。
組織を離れフリーになり10年。
独りで物事を考え進むというのは色々と迷いも生じます。
そんな時、最近行っているのは、
高校時代の亡き恩師が今の私を見て、
どう声をかけてくれるかをイメージすることです。
不甲斐ない自分に嫌気がさしたり、
これでいいのだろうか?と迷ったり、
そんな時、もし、恩師に相談に行ったら
恩師はどんな言葉をかけてくれるのだろう?
近年、マインドフルネスと共に注目されている
「セルフ・コンパッション」という考え方があり、
様々な研究が行われています。
「セルフ・コンパッション」
直訳すると「自分への思いやり」ですが、
単なる思いやりとは違います。
自分の良い点・悪い点を受け入れ、
悪い点は寛容に向き合っていくというものです。
自己成長を促すというのか、
よりよく生きるための考え方だと、私は捉えました。
例えば、仕事で失敗をした時、
私たちの多くは、誰か(何か)を責めるか、
自分を責めるかのどちらです。
誰かを責めれば失敗への痛みは和らぐものの
自分の否に気づかず成長できないし、
自分を責めてしまうと必要以上に自己評価が低くなり
成長を妨げることにもつながります。
では、もし、友達が同じように仕事で失敗をしたとしたら
私たちは、友達にどんな声をかけるでしょうか?
「あなただけの責任ではないよ。」
「あの時、もう少し気をつけられたらよかったね。」
「まだまだ挽回できるよ!」
などなど、励ましたり、優しい言葉をかけたり、理解したりと
もう少し寛容に言葉をかけるのではないでしょうか?
私はこれまで自らカウンセリングを受け、
さらには、ストレスケアのマネジメント法を学んできました。
その中には、ストレスを感じた出来事に対して、
自分がどう向き合うかという様々な方法があります。
例えば、失敗した出来事を思い浮かべ、
どうすればより良くなっていたかを考えたり、
今の自分が過去の自分を慰めたり、
失敗した出来事を思い浮かべ額縁をはめ、
その後、その額縁を素敵な額縁に変えたりするなどです。
それらは、誰かを責めることも、自分を責めることもしません。
単に、事実を受け止めて考えるというものです。
そして最初に書いたように、
最近の私は亡き恩師を思い浮かべ自分と向き合っています。
目を閉じて恩師を思い浮かべ、
そうして、今の自分の思いを話し、恩師の言葉を受け止める。
不思議なもので、そうすることで自分の否は否として受け止め、
できている点はできていると受け止められ
明日へ向かう力が湧いてきます。
事実を事実として受け止め、
未来にどう向かっていくか?
そういう客観的な視点を自分に対しても持てるようになれば
私たちは、より良い人生を歩んでいけるように思います。
「セルフ・コンパッション」は
これから広まって行くのでしょうが、
それは、自分が自らと向き合えるようになる
セルフ・コミュニケーションなのかもしれません。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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